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長年燻っている想いからその時々の萌えまで。
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もうほんといろいろごめんなさい。
先に謝っておく!
そして兄さんに到達しなかったorz
次! …次?


7.萌黄の匂



扉を叩く音がして、雪男は読んでいた本から顔を上げた。
この部屋を訪れる人間など志摩と、頻度は低いが柔造くらいで、二人とも普段であればノックなどせずに部屋に入ってくるのに。
こんな日中に柔造が訪れることはなかったので扉の向こうに居るのは志摩だろう。何か大きな荷物でも持っているのだろうかと思い、雪男は扉に手を掛けた。
「おかえり志摩くん…」
早かったね、そう続けようとした雪男は視界に何も見つけられずに止まった。
確かに聞こえた扉を叩く音に、いや誰もいないはずはない、と、つと下げた視線の先。そこには志摩よりも頭一つ分ほども小さい小柄な人間が佇んでいた。ここに来て初めての見知らぬ人間の訪問に雪男は言葉を失う。
「ええと、」
服装からしてここの女官であると思われるのだが、
…京の国の女性は皆髪が長かったような気がするが、彼女のようなスキンヘッドも流行しているのだろうか。
気にするべきところはそこではないのだが。一番の気がかりであるここを尋ねられる理由など思い至るわけもないのだから考えるだけ無駄だ。
相手の出方を見るしかなく黙って首を傾ける雪男に対し、目の前の彼女はこちらの困惑の理由には気付いていないのか、にこりと手にした書状を差し出した。
「奥村雪男さんですね。あなたを西の離宮にご案内するよう申し付かってきました」
「え、でも…」
雪男はここに来た初日に志摩に説明された建物の構造を思い出す。
先代の時代までは後宮として使われていたという、南、西、そしてここ北と三ヶ所ある離宮を行き来するためには必ず中央の詰め所を通らなければならず、通常は気軽に行き来ができないようになっていると言っていた。
女同士のいざかいを避けるために取られた処置らしいが、雪男を閉じ込めるために現在使われていないその構造は都合が良かったのだろう。
しかし今では残る南や西の離宮は使われていないと言っていたはずで、そこに呼ばれる理由がわからない。
「こちらが許可証です」
疑問を頭の中で羅列していればどうぞと差し出された許可証にも、目を通した書状にも、あの調停で一度きりだが確かに見た国印が押してある。
何よりもそこに記された神経質そうな文字は、学園生活の間に何度か見た勝呂の字だ。
「あの、君は勝呂くん…いえ、座主の使いの方ですか?」
「来て頂ければわかりますよって」
相変わらず笑みを浮かべる案内人は悪い人間とは思えないものの、今ひとつ飲み込めない状況に雪男は戸惑う。けれどそこで逆らうわけにもいかず、お支度が必要ですか、と問う声に首を振った。では付いてきてください、と歩き出した彼女に続いて長い回廊へ足を踏み出す。
まだ朝の空気を纏った廊下は少し肌寒くて、上着も羽織らずに出てきた雪男はそっと服の合わせに手を置いた。








「…すごい」

こちらでお待ちください。そう通された西の離宮で、雪男は唖然と周囲を見回した。
現在雪男の暮らす北の離宮とはまた違い派手な色の内装のそこは、天井まで届きそうなたくさんの棚が本で埋め尽くされていた。
一部屋一部屋はそこまで広くないものの何部屋にも渡り書庫となっている離宮は、学園時代に通った図書館にも劣らないほどの蔵書数と思われる。
無造作に取り出した本を捲って、その内容に雪男はまた驚く。
手元近くを見ただけでも高度な医学書が揃っていて、雪男は瞳を輝かせた。


「気に入っていただけたかしら?」


背後から声を掛けられ、雪男は慌てて手元の本を書庫に戻した。
振り返ると、明らかに女官たちとは異なる華美な装いの壮年女性が、先ほどの女官を従えて歩んできた。笑みを浮かべているものの、手にしていた扇子を無言で女官に渡す様など、明らかに人の上に立つことに慣れた態度だ。
立場ははっきりわからないまでも、それなりの地位であろう相手に雪男は慎重に言葉を選ぶ。
「はい、どれも興味深い内容の本ばかりです。こちらは元後宮と伺っていますが、これは…」
「ここは貴方のために改築したんよ。私も若い頃は薬学を齧っとったから、そのときの本と、あと少し取り寄せてん」
近づく女性はにこにこと笑みを浮かべたままで、ここの本は自由に読んでええんよ、と付け加えた。
「その代わり、」
ふ、とゆっくりと瞬いて開かれた瞳に宿るものに雪男はぎくりとする。

「君にお願いがあるんよ、奥村雪男くん」

満面の笑みを浮かべたその瞳の奥が怪しく光った。





*****





「きゃっ」

「っ、堪忍!」

角でぶつかった相手への侘びもそこそこに志摩は長い廊下をひた走る。
勝呂の執務室からずっと、これ以上ないほどの全力で走っていたせいでぜいぜいと息が上がっていた。あと少しの距離なのに落ちてきた速度に、もどかしい思いで重たい足を叱咤する。
あかん、こら相当に身体が鈍ってるなあ、と、最近軍務も免除されているため怠りがちだった筋トレを今日から再開する決心をしつつ、志摩は目的の部屋へと急いだ。
勝呂への定期連絡―――雪男の状況を定期的に連絡することになっている―――の最後、落とされた爆弾に、いやまさか、でも多分やっぱり、と志摩は思い至ったその可能性に全力疾走で上がった息を更に切らせた。
早く早くと逸る気持ちのままに、


「わかせんっせぇえええ!!」


ばんっと蹴破る勢いで思い切り扉を開け、志摩は眼前の光景に瞳を見開いた。
「志摩くん?」
振り返った雪男の想像通りの姿にやっぱりそうだったかと、走り疲れてその場にへたりこみながらも志摩は雪男の横に座る女性に叫んだ。

「虎子さんグッジョブ!!!」

くうう!と感動に言葉を無くす志摩がぐっと親指を立てれば、壮年の女性―――虎子は同じく親指を立てていた。
思わず叫んだ志摩に唖然とする雪男はといえば、平素の簡素な白い服ではなく京の国の襦裙を身に纏っていた。
金糸で刺繍が施された上衣の胸元からはすっきりとした鎖骨が見え、腰から下は女郎花の軟らかい布地に包まれふわふわとしたラインに隠されているのに重厚な帯の上からも分かる細腰がその内を連想させる。肩から指先までをすっぽりと隠す薄緑の羽織は大柄の花柄で、ちらりと見えた指先の白さを引き立てていた。突如現れた上にいきなり叫び声を上げた志摩に雪男がコトリと首を傾けると、しゃらんと鳴った髪飾りから伸びる付け毛の束が流れて落ちて肩を覆う。
服だけでなく鬘まで着けられた今の雪男は、ちょうど座っていてその長身が気にならないため、どこからどう見ても可憐な美少女だった。

「完っっっ璧や!!!」

「せやろ!」
志摩の勢いに固まる雪男を余所に、きゃっきゃっとはしゃぎ合う二人。
かわええ!いや綺麗!でもやっぱかわええ!と連呼する志摩と、初めて見た時から絶対この色が似合う思ててんと力説する虎子に、はあと気のない返事を返して、早まったかと雪男は溜め息を吐いた。
そう。どんな難題を持ちかけられるのかと思った虎子の『お願い』とは、



「お願い! この服着てくれへん?!」
絶対似合うと思うんよ!そうきらきら瞳を輝かせて迫られ、じゃーんと掲げられた衣服を見る。
「……」
輝く金糸で飾られたその服は、…どう見ても女物だ。
上等な薄布がたっぷり使われた裾がひらりと揺れるのを見ながら、よもや身長180cmの己が女性と間違われるとも思えないが雪男はまさかと口を開く。
「あの…、僕、男ですけど」
恐る恐る申告するも、
「知っとるよ」
あっさりきっぱりと返された言葉に誤解されていたわけでもないらしい状況に、さてこれはどう返したものかと視線を彷徨わせると、視界の端でお付きの女官がははと苦笑を浮かべている。
「…まさか」
ぴんと感じたものに彼女に疑問をぶつけようとすれば、何も聞かないでくださいとその視線が訴えかけてくる。
それ以上の言葉を飲み込み視線を戻せば、相変わらずきらきらとした視線とぶつかって雪男はうっと息を飲んだ。
着てくれるよね?と言わんばかりのその期待に満ちた表情にただただ戸惑っていれば、あ、と何かに気が付いた彼女が徐に軽くお辞儀をしてきた。
「自己紹介がまだやったね。初めまして、私は勝呂虎子。竜士の母です」
「奥村雪男です」
なるほどこの堂に入った態度は前座主の奥方だからか、と雪男がぺこりとお辞儀を返せば、そういうわけでな、とどういうわけだか良くわからない接続詞で会話が戻された。
「私は娘が欲しかってんけど、竜士しか授からんかってん」
あんな厳ついのしか!と拳を握った虎子がきっと顔を上げた。
「せやからね、」

「ちょおこれ着て一緒にお茶して欲しいんよv」



―――というわけで。

これ着てくれたらここにある本自由に読んでええのよ、という交換条件の下。何よりも虎子から発されるお願いオーラのあまりの強さに押されて雪男は承諾した。
別にどんな服を着たところで自分は自分だし。服くらいいいかと、そう安易に引き受けた自分を雪男は呪った。

「あの、志摩くん」
「かわええなあ」
「ちょっと、見すぎです」
「先生には青とか似合いそお思ててんけど、緑は印象やあらかくなってこうほわっとするわ」
「…ねえ、聞いてる?」
「でも黄色も似合うてるし暖色とかもええかも」
「……」
「ああもう! その鎖骨犯罪やー」

…先ほどから全く会話にならない。
うっとりと雪男を見つめる志摩の視線が痛くて思わず座りながらも雪男が後ずさると、ことりと手前に湯気を立てる茶器が置かれた。
「志摩さん落ち着いて。奥村さんが困ってはるよ」
どうぞとお茶を勧める少女…いや、先ほどの苦笑からして多分、雪男と同じ境遇なのではと思われるその人物が、志摩の有様に呆れた声を出す。
「あ、子猫さん。またそんな格好しとる」
先ほどからずっと同じ室内に居たにも関わらず今初めてその存在に気付いたらしい志摩が、ようやく雪男から視線を外した。
雪男がそれにほっと息を吐いていれば、じとりと赤いフレームの奥から視線を送る彼(たぶん)は、恨めしそうに志摩を見る。
「…志摩さん偶には代わってください」
「そうや廉造もまだまだ着れるで! 身長だいぶ伸びてもうたけど竜士みたいにごつくないんやし」
「はは、遠慮しときます」
「廉造のいけず! 私の心のオアシスは猫ちゃんだけやわあ。あ、でもこれからは雪ちゃんも居るねv」
雪ちゃん…それは自分のことかと突っ込むに突っ込めず、雪男は一連の遣り取りからやはりと給仕する人物を見た。かちりとあった視線に、お互いにお互いを哀れむ色が混ざる。
次はどんな服がいいか、ほんに廉造も着ればいいのに、いやいや、と盛り上がる志摩と虎子に勘弁してくれと雪男は心の中で冷や冷やする。
次って次があるのか。雪男が現状と今後、そして重たい髪飾りに頭を悩ませていれば、お茶を出し終えて隣に座ってきた人物はぺこりと頭を下げて、堪忍え、と眉を寄せた。
雪男と同じく着せ替え人形と化しているらしい人物は、諦めきった笑みを浮かべている。
「虎子さんに悪気は無いんやけど…昔からああなんよ」
昔はよく坊と志摩さんと揃って着せ替えられとったんですよ。そう言われ、思わず真っ先に勝呂のあらぬ姿を連想してしまったのは秘密だ。
想像したそれにふと気を緩ませていれば、改めましてと丁寧に挨拶をされて雪男は隣の人物に向き直った。
「僕は三輪子猫丸言います」
よろしゅう。そう言う子猫丸に雪男もよろしくと返せば、
「ぜひ今後は虎子さんの興味を半減させたってください…」
「はは」
その切実なお願いは聞きたくないが、うんやっぱり次は薄桃色やね!と聞こえてきた声の主から逃げられるとも思えず雪男は乾いた笑いを漏らした。
 

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