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長年燻っている想いからその時々の萌えまで。
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しぶには一足お先に掲載していました、エセファンタジーの続き。
もう言い訳の言葉もございません・・・。


4.硝子の眼差し



「あん人の世話をお前に任せたい」

調停を終えて重たい正装を投げ捨てていく勝呂から発せられた言葉に、ああ面倒なことになったと志摩は思った。
そんな突然の辞令、いくら重要なポジションに居ない自分だって仕事はあって、諸々の引継ぎをしなくてはいけないのだと心の内だけで文句を言う。口から出さなかったのは言ったところで無駄で、それこそ面倒だと思ったからだ。
北の奥に通しとるからさっさと行き、と言われ追いやられた志摩は大人しく命令に従うべく廊下を歩きながら、はあと重たい息を吐いた。
あんな訳ありの人間と行動を共にしろと言うのか。しかも期限は全くの未定。
初対面の人間ともソツなく話すことは得意であったが、それはあくまで表面上の話なのだ。気を許した人間以外と共に過ごすなんて論外。人間関係ほど面倒なことはないと志摩は思っている。
今後の生活を思うと、今日何度目かもわからない溜め息が口を吐きそうになる。
けれどどんなに嫌だと思ったところで現実は変わらないのだからと、志摩は遣るべきことを頭の中で整理した。
まずは右も左もわからないで居るだろう彼に教えなくてはいけないことがいくらかある。
食事などの些細な手配もしなければならないし、建物の構造、行動していい範囲を教えてやって、それから自分以外にも面倒を任せられる女官をなんとかみつけよう。
早くここの生活に慣れてもらえば行動を共にする必要なはいと言われるかもしれないのだし。
見たところ頭は悪くなさそうだったから、案外早く自分は解放されるかもしれないな、と希望的観測をして、志摩は自分を奮い立たせた。
せめて相手が可愛い女の子であればよかったのに。

…けど、綺麗やったな。

大好きな女子を思ったところで、先ほど見た整った顔が志摩の頭に浮かんだ。
京の国の民は黄色人種で、どんなに色白の女性でも彼のようにに抜けるような白い肌の子は居ない。白い肌と対照的な黒い髪はサラサラで、碧の瞳がその両方を引き立てていた。
勝呂について国外の学び舎で色んな人種を見たが、あんな芸術品のような色合いの人間は居なかった。
志摩は今まで見てきた美人を指折り数えて、ああ、彼が一番綺麗かもしれないと思う。
…って何考えとんのや俺。
つらつらと考えながら歩けば、目的の部屋はもう目前であった。
なにはともあれしばらくはナンパもお預けだ。
せいぜい綺麗な顔見て目の保養させてもらいましょ。そう楽観的に考えて、志摩は窓から外を見やる後ろ姿に声を掛けた。
驚いたのだろう、細い肩がびくりと揺れる。
そろりと振り返った瞳に志摩の心臓がどきり跳ねた。
ああ、やっぱり綺麗。
先ほどは決意に透明な光を湛えていた碧が今は揺れていて、まるで迷子の幼子のような眼差しに自分より身長も高いはずの彼が儚く見えた。
頼りなく佇む彼に向けて志摩は努めて明るい声を出し、ありありと緊張の伝わる空気を和めるために手ずから淹れたお茶を勧める。ほっと息を吐いた彼の表情が少しだけ柔らかくなって、成功した思惑になんだか嬉しくなった。
笑ったらいいのに、と思うが、まだそこまでは今の状況を受け入れられていないらしい。当面の生活に必要そうな説明をしている間も、雪男は始終覗うような表情だ。
志摩の説明に、はい、と短く返す彼に、声もええな、なんて考える。
もっと聞きたいと思うが粗方説明してしまえば大して話す内容も浮かばない。
初対面でも臆することなく話すことのできるこの自分が!
瞳のあおに吸い込まれて囚われてしまいそうで。…いや、もうきっと囚われているのだ。
じっと覗いた瞳のその奥にあるものをもっと知りたい、なんて。

…面倒なことになった。

これ以上見ていたらまずいとそそくさと後にした部屋の扉に背を預け、志摩は天を仰いだ。
当初心配したのと別の面倒ごとは、志摩の心に波紋を広げた。





*****





あれだけ気が進まなかったはずなのになあと己の心境の変化による行動を現金に思いながらも、無事に終わった引継ぎにさてこれで明日からの行動は制限されないし何時頃彼を訪ねようかと考える。
朝には弱い志摩だが、雪男は朝早そうだな、などとまだほぼイメージだけの彼を思う。少ない思い出の中の雪男は、清廉な朝の空気が似合いそうだ。ああでもこの夜の静寂も似合う気がする。
そう思ったら急にそれを確かめたくなって、志摩の足は自然と雪男の居る部屋に向かった。
もう遅いし眠ってしまっただろうか。それとも、慣れない環境に眠れぬ夜を過ごしているだろうか。
どちらにしても顔を見なければ気が済まなそうな己に苦笑して、志摩は控えめに扉を叩いた。
返答はない。
念の為、と再度コンと軽く叩くもやはり返答はなく、前者であったかと静かに部屋に入った。
灯りの落とされた室内は薄暗く、けれど膨らんだ月がぼやりと白い寝台を浮かび上がらせていた。
そろりと近づいて覗うと、リネンの白よりも更に白く浮かび上がる顔。
横を向いて眠る彼は当たり前だが眼鏡を外していて、起きている時よりも幾分か幼く感じられる。
落ちかかる髪が閉じられた目蓋を半ば覆っていて、顔が見たくてそうっと手を伸ばして掻き揚げた。
そうして見やった先のまつ毛に志摩はぎょっとする。
微かに震える漆黒のまつ毛が、今にも零れ落ちそうな雫を湛えていたから。
そうだった。
彼は、一人きりで。知った人間の誰一人居ない土地に居て、明日の自分もわからず、今日を過ごしていたのだ。
「…大変やったな」
他に慰め方も知らなくて、眠る頭をそっと撫でる。昔母にそうしてもらったように、彼の前髪を避けて口付けた。
せめて今だけでも悪い夢が去って安らかな眠りが彼に訪れますように。
くすぐったいのか彼がんんと唸った。
「にいさん…」
「へ?」
そろりと動いた雪男の指が志摩の指を絡め取った。
きゅうと握られた指に心臓が跳ね上がる。
…反則や。
こんな風に弱いところを見せられたら守ってやりたくなるではないか。
「あー…、どないしよ」
これは本格的に捕まった。
絡められた指を解くことができなくて、志摩は眠る雪男の隣に滑り込んだ。
彼が目覚めたらびっくりするだろうか。
目の前で震える睫毛が開かれた時のことを想像して笑みが漏れる。
そんな志摩の視界でついに零れた雫が月光に光った。手を取られているから涙を拭うための布も取りに行けない。
ぺろりと舐めた涙はしょっぱくて、やっぱり彼は自分と変わらない人間なのになあと思った。
 

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プロフィール
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kao
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非公開
職業:
秘書ときどき旅人
自己紹介:
PH・青祓・幽白・炎ミラ・その他ジャンルいろいろ。
長年燻っている想いからその時々の、萌えの欠片を集めました。
更新は自由気まま。リンクは同人サイトに限りフリーです。貼るも剥がすもご自由に★
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