珍しくちゃんと切な系が書けた。と思う。
レイ→←ブレな感じ…!
【注意】小説版のネタバレを含みます。また、切ないまま終わっている(?)ので注意です。そして無駄に長いです。
																									
									
	『世界が終わっても永遠があるのなら』
	
	
	
	珍しくレイムさんに呼び出された。
	それもパンドラではなく、彼の住まうバルマの本邸。
	普段あまり約束というものをしない私たちなので、一体何なのかと問うてみたが、いいから来いとの一点張りだった。
	用件は思い当たらないまま、それでも約束通りにやってきたものの、なんだか腑に落ちない。
	とりあえず彼の主に見つかると面倒なので、窓からこっそりと入ろうと彼の部屋のテラスに降り立った。
	すでに空は暗いのに、目的の部屋に灯りが点いておらず進入を惑う。
	ただ、普段すっきりと片付いているそこにはテーブルセットにいくつかの器が用意されており、約束は今日でいいのだとは知れた。
	食器に盛られているということは食べ物なのか何やら丸くて白い物体が山と積まれており、中央には花瓶に植物が飾られていたが、どちらも見たことのないものだった。
	うーん、とどれだけ記憶を辿ってもやはり見覚えの無い物たちに首を捻っていたら、部屋へと続くガラス戸が開かれた。
	「来たか」
	「こんばんは、レイムさん」
	振り向けば、正面から来ないことを当然のように受け止めてテラスに出てきた相手は、両手に見覚えのある器を携えていた。
	それは、先日…もう半年近くも前にはなるか。バルマ公爵の悪戯で催された宴で使われていた陶器だ。
	名前は確か…そう、徳利。
	米から作られたという酒を入れるための、独特な形をしたそれ。
	なんだ用事とは酒盛りか、と問えば、月見だと言う。
	どちらにしろ酒が入ることには違いなく、それなら言ってくれればお菓子を持って来たのにと漏らせば、いいから座れと促された。
	いつものように向き合う形ではなく、空を見るため外に向かい置かれた長椅子。
	自然と右側を陣取った彼の左側に座る。
	とろり、注がれる酒を受け、彼の杯にも注ぎ返した。
	小さな器に注いだ酒は、前回のようにすぐに飲み干されることはなく、ちろりと確かめるように舐められテーブルに置かれた。
	ほのりと甘い香りのする酒は意外にアルコールが強く、また慣れない種類にか珍しく彼の頬が染まっていた事を思い出す。
	多人数の宴であるのに片隅で静かに桜を愛でていた彼を捕まえて、二人で見上げた夜空はピンクの花弁が舞っており、散りゆく花に切なさを憶えたあの時。
	無言でそらを見る私に何かを思ったのか、それとも本当に酔っていたのか。前ボタンを開いて広がる彼のジャケットに隠れて、秘め事のように指を絡められた。
	彼がレインズワース家に居た頃には何度も繋いだ手は、記憶の中よりも硬く、力強く私を絡め取った。
	驚いて仰ぎ見ても、彼は空を見上げるばかりで。その横顔が、引き結ばれた口元が、決して向けられない目線が。隠しきれない緊張を伝えてくるものだから、振り払うことは出来なくなった。
	どれくらいの間そうしていたのか。
	それは一瞬にも永遠にも感じられた。とっくに乾いた杯を見詰めれば自然と、下に向かった視界に絡む指が映る。
	手袋をしたままの彼に、ああ残念だ、などと思い、その感情に顔が熱くなった。
	このまま、どうかこのまま…
	そんな願いが想いになる前。
	ぎゅ、と一瞬の力が籠められた後、それはあっけなく解かれた。
	視線を上げれば、どうじゃ夜桜は、と彼の主がやってきて。
	綺麗ですねと、苦笑を浮かべながらも自分のためも思って催された宴に礼を述べる彼とその主を、柄にも無く私はただぼんやりと見守ったのだった。
	あれは何だったのか。そもそも意味はあったのか。
	聞く機会も訪れぬまま、今、あの時と同じ満月を見上げている。
	二人掛けの椅子は、可動できる小さめのサイズで、肩の触れ合う距離に落ち着かない。
	いつもより近い温もりは不快ではないのだが、こんな静かな夜に二人、並んで座っているのはあの夜以来で、どうにも意識してしまう。
	いつもならば心地良いだけの沈黙にも彼との距離が気になって、手持ちぶさただからかとテーブルに目を向けた。
	酒のツマミを探すが、目の前にあるのはさきほども見た謎の白い物体だけだ。
	「これ、なんデスカ?」
	「餅だ」
	「…もち?」
	間髪入れずの返答にも、聞いたことのない名前に首を傾げる。
	「この酒と同じで米から作られたものだ。米はそのまま主食とされることが多いらしいんだが、これは米の粉から作ったものだ」
	「すごいですネェ。そのまま食べたり、酒にもなったり」
	「この酒の産地では、毎年この時期にこうして酒や餅を準備して月見をする習慣があるらしい」
	レベイユでたまたま知った異国のまつりごとなのだと。
	酒と共に売られていたそれを買ってきたから。だから。
	そう告げる彼に、いつものあれかと納得した。
	新しいお菓子を見つけた時、楽しいことを見つけた時。
	それを共有しようとしてくれるのは、まるで喜びというものが抜け落ちていたあの時を彼が知っているから。
	まだ彼の身長が私の肩ほどまでしかなかった頃から変わらない優しさに促されて、一口大のそれを一つ食べてみれば初めての食感だった。
	もきゅもきゅとした、パンともパスタとも異なる不思議な感触を噛めば、ほんのりした砂糖の甘さが口に広がる。
	ああこれは菓子の類なのだろうか。
	主食というから、パンのように塩分を感じる味なのかと思ったのだが。
	「美味しいデス」
	「…そうか」
	よかった、と言って一つ彼も口に入れた。
	うん、美味いな。その呟きにおやと問いかける。
	「なんですか、私は毒見ですカ」
	「いや、食べてはみたんだが、初めて作ったから…」
	「えっ! これ、レイムさんが作ったんですカ?」
	「ああ。買ってきた粉に水と砂糖を混ぜて茹でただけだがな」
	普段料理なんてものをしない彼が作ったというそれは、確かに形も大きさも不揃いだった。
	紅茶は美味しく淹れられても、料理はというと信じられないほどに不得意な彼が。たぶん、自分のために用意してくれた物。
	驚きに皿の中身を見つめていれば、寄せられる眉間。
	何だそんなに驚くことかと、失礼な奴だと。いつものように怒り出すかと思ったら。
	「お前、最近あまりちゃんとした食事を食べてないだろう。米は主食だと聞いたから…」
	いつもの甘味をつまみにするよりも栄養が、と、尻すぼみに小さくなる言葉。
	「心配、してくれたんですか」
	「悪いか」
	「いえ、ありがとうございマス」
	礼を言えば、夜目にも赤く映る頬。
	照れ隠しのように眼鏡を拭きだす彼との視線が逸れたことにほっとした自分に寂しさを覚る。
	彼の優しさは私には毒だと思った。
	ねえ、レイムさん。
	優しさは、時に人を臆病にするんです。
	貴方に優しくされるのは、私には耐えられない。
	私は自分のためにしか生きられなくて。
	私が貰った幸せも喜びも、微塵も貴方に返すことはできない。
	確かに貴方には笑っていて欲しいと思っているのに、私に出来ることはただ貴方の幸せを願うことだけ。
	もうひとつ、と白い塊を口に含み、碌に噛みもせずに飲み込んだ。
	胸を降りていく塊と一緒に、この想いも消化してしまえたらいいのに。
	きゅうと締め付けるこの胸の苦しさは、飲み込むには大きすぎた、噛み砕かれなかった塊の所為だと心中で言い訳をした。
	痞える胸に酒を流し込むけれど、こんな小さな杯ではとても足りない。
	空になった杯に手酌で酒を注ごうと手を伸ばせば。
	酒を注ごうとしてくれたに違いない彼の手と、私の手が重なった。
	すいと動いた彼の掌が、そのまま何事もなかったかのように離れると思った指先が、動けないでいた私の指を絡め取る。
	大した力は込められていない。柔らかく包み込んでくる指先。
	視線を上げれば、あの時と同じく引き結ばれた口元。
	けれどあの時とは違う、手袋越しではない、今は誰に憚ることなく絡められた指。
	微かに強張る触れ合った素肌に彼の心情が伝わって、やはり私にはそれを解くことなどできなかった。
	「ザークシーズ」
	「…はい」
	レンズ越しの瞳は夜の闇にいつもよりも濃く深く、吸い込まれてしまいそうで。その視線から目を逸らせない。
	「全部、終わったら…」
	先を濁す唇が震えた。
	薄く開いては閉じられ、そしてまた開かれても、出てくるのは空気を揺らす音ばかり。
	まるで言葉になるものなんてどこにも持っていないかのように空回る唇。
	促すでもなく、止めるでもなく。私はただ瞳の引力に逆らえずに見つめ続けた。
	苦しげな彼に何かを伝えたくても、私こそ何の言葉も持たないのだ。
	彼の瞳は言葉よりも自明に語りかけてくるのに。
	音として聞いてしまえば、もう後戻りはできなくなる。
	伝えてしまえば、私は弱くなる。
	だから、言わないで。
	でも伝えて欲しい、伝えたい。
	交差する想いに潰れそうな胸は、聞こえない声にだた耳を澄ます。
	きっと今、お互いに泣きそうな顔で見つめている。
	溢れ出てしまいそうなものを必死で抑える。
	その想いは…
	ふいに彼の方から逸らされた。
	伏せられた視線。
	うつむいて光を失くした零れてしまいそうな飴色は、一つゆっくりと瞬いて歪められた。
	「いや、…何でもない」
	紡がれなかった言葉に私は安堵するべきなのに。
	彼の背後にどこまでも続いている夜の空に、その壮大さに泣きそうになる。
	何も告げられてはいない。
	あなたの本当の気持ちは私にはわからない。
	だけど今、二人きっと、同じ儚さを感じている。
	だから、今だけ。ほんの少しだけ許して欲しい。
	力を失った掌、けれど離されることはなかった指先に力を込める。
	握り返したその手に、彼が目を見開いた。
	再び重なった視線を逸らさないまま、
	「そうですね。ぜんぶ、終わったら」
	もしそんな時がくるのなら。
	この気持ちを伝えてもいいだろうか。
	「ああ。ああ、そうだな」
	苦く、それでも笑みを浮かべた彼が。
	彼が笑ってくれるのならば。
	このまま手を取り合ってずっと。暖かな抱擁よりもキスの甘さよりも、今はこの切なさだけでもいいと思った。
	 
	全てが終わったその先に、永遠があるのなら。
	
	
	
	
	
	
	レイムさんのヘタレ…!
	いや、言ったら困るだろうと迷った末のレイムさんの優しさ、な設定、なんです、が。
	会社のカレンダーを捲って、9月の絵がお月見だってだけで浮かんだ妄想ネタでございました。
	今年は6年ぶりに十五夜の当日(9/12)が満月なんですって。
	 

PR