久々のテキスト更新。
『私の知らない彼と彼』のレイムさん視点です。
レイムさん視点であって、続きではありません。
(注意:黒レイムさんが苦手な方は読まないでください)
『憎悪が芽生える前に』
(終わらされた恋五題 リライト様)
※『私の知らない彼と彼』のレイムさん視点
扉の前に感じた気配に、眠る彼の髪を撫ぜていた手を下ろした。
手にしていたものの目を通す気になれなかった書類を持ち上げ一応の擬態をするが、肩に凭れる彼を離す気にはなれなかった。
そもそも他人の気配に鋭い彼が、無反応を貫ていることなど初めてで。彼が見られて困らないというならば、私には否もないのだ。
それでもやはり開けてくれるなよと念じた扉はしかし開かれ、そうして彼と私の二人だけの世界は終わりを告げた。
「どなたですか?」
ガシャリと無遠慮に回されたドアノブへの不快を隠して問い掛ける。
ザークシーズがかけた離席の札だけで鍵を閉めなかったのは失敗だった。
だが、入ってきて早々、ちょっと休みマスと勝手に私の肩に収まった彼を引き剥がすなんて出来なくて。
いや、私が。離れたくなかったのだ。
最近は私の与り知らないところでオズ様たちと忙しく動き回っている彼が。
楽しそうにギルバート様をからかっている彼が。
未だに、私の傍では無防備に眠るのが嬉しかったから。
開かれた扉の方を見やれば、入ってきたのは今まさに思い浮かべた―――最近では見慣れた全身黒の人物だった。
―――ザークシーズが起きなかったのは、相手がギルバート様だったから、か。
確かに、彼にならば見られたところで害はない。だが。
思い至った至極簡単な結論に、眉間に皺が寄りそうになるのをなんとか抑える。
執務机に居なかった私を探して動いたギルバート様の視線がこちらを映す前には、いつもの表情が作れたはずだ。
そんな私の葛藤を余所に、無遠慮にザークシーズに向けられたギルバート様の視線。
肩に凭れ掛かっていた重みが微かに動いた。
見下ろせば、ふわり、銀色の睫毛が持ち上がる。
向けられた視線にギクリと固まったギルバート様に、チラと瞳を向けただけでそれはすぐ閉じられた。
視線以外は一切動かす事はなく。
けれどその無防備な姿に、私の苛立ちは増す。
長い睫毛が作る影も。
力なく投げ出された身体も。
これを見ていいのは私だけだ。
さらり、意図をもって銀糸を撫でた。
流れ落ちる長い前髪で、片方だけの瞳を隠してしまう。
瞼に掛かった髪がくすぐったかったのか、もぞりと擦り寄るようにザークシーズが頭の位置を直せば、その表情はもうギルバート様からは伺えないはずだ。
それでも注がれる視線に、さらに肩から落ちかけていたジャケットを持ち上げて掛け直す。
完全に彼を隠した私は、銀色の頭を見つめる視線に向かい努めて穏やかに声を掛けた。
ともすれば表に出してしまいそうな苛立ちを飲み込んで。
「ギルバート様、何かご用でしょうか?」
問えば、小さく一つ頷くだけの彼。
反応の薄さにとりあえず、申し訳ありませんがこのままでも?と問い掛ければ、ああ、と短い返事が返ってきた。
「いや、でも。起きないか?」
「この状態なら起きませんよ」
来訪者を認めてなお瞳を閉じたザークシーズが起き上がることはないだろう。
その真実を述べただけだったのだが、私の言葉にかショックを受けたようなギルバート様の瞳。
「そう、か」
それでも、ギルバート様の視線はザークシーズだけを映していて。
注がれる視線の強さに危機感が芽生える。
それがただ一方的なものであるならばよかった。
奪われるなどと心配することはない。
けれど。
ああそうだ。
今日この部屋を訪れる気配がある度、肩の重みは軽くなっていたのだ。
こうして、今なお私の肩で彼が穏やかな呼吸を繰り返しているのは、
入ってきたのがギルバート様だから。
―――ギルバート様。あなたも、
思い至った可能性に眩暈がする。
意識的にも無意識にも、他の誰にも心を許さなかったザークシーズ。
寄りかかる彼が、唯一私にそれを許してくれたのなら。
立場など友でも何でもいいと思っていたのに。
彼の特別は私だけのはずだったのに。
絶対的だった自信が揺らいでゆく。
―――あなたも、信用されているのですね。
決して面と向かっては教えてやらない。
これがどれだけ特別なことか、気付かないギルバート様に私は今の優位を主張することしかできない。
「誰かが横に居ないと眠れないなんて、子供のようですよね」
さらり。
また髪を撫ぜる。
そのまま手を下ろして頬に触れれば、んん、と鼻に掛かった小さな声がした。
瞼を振るわせた彼が抵抗しないことに、喜びと、もう一つ。
たった今芽生えてしまった感情に苛まれる。
―――お前は、どうして、
暗く沈み込みそうになる思考を遮り、突如ギルバート様が退出を申し出た。
部屋を出てほどなく、駆け足に変わった足音。
遠くなる足音が聞こえなくなって初めて、私は安堵の息を吐いた。
いや安堵などしている場合ではない。
これから私は、奪われる恐怖に怯えていかなくてはならないのだから。
―――どうして、
私以外に心を許したんだ。
この話のレイブレは付き合っていない設定なのです。
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