私が旅行に行きたいってだけの話です。
②は捏造甚だしかったので封印。
これもちょっとしたら下ろします。
【アイシカタ蛇足③:上級祓魔師昇格直後の話】
※高校二年の夏設定。気持ちを夏にしてお読みください。
「昇格おめでとさん」
「…ありがとう、志摩くん」
異例の試験日程で手騎士の資格を取った雪男は、直後に行われた昇格試験で上二級祓魔師に昇格した。
昇格を望んでいなかったらしい雪男におめでとうと言うのもと思いもしたが、それでも志摩が祝いの言葉を述べれば素直に礼を言われる。
微笑みながらもつと視線を落とす恋人に、志摩はよしっとその手を取った。
「と、言うわけで」
「?」
「次の休みはお祝い兼ねて遠出しよ!」
*****
ガタンゴトンと首都圏の電車とは思えないゆったりとしたペースで進むその路線に乗るのは初めてだった。
都内からおよそ三時間ほどで行けるとある観光地へと続くローカル線は、スカイツリーを横目に都会を抜けるとあとは同じような田園風景が延々続いていたが、観光目的の遠出をしたことのないらしい雪男は車窓からの景色に夢中だ。
それを見て、鈍行旅行に少々の不安を抱いていた志摩は、ほっと胸を撫で下ろした。
現役祓魔師として働く雪男はともかく、バイトもしていない高校生である志摩の使える金銭は限られている。
昔は貧乏を極めた実家も今は騎士團に所属しており資金繰りに問題はないが、それでも贅沢な暮らしができるような収入ではない家族からの仕送りの残りと、小さい頃から貯めていたお年玉が今の志摩の余暇に使える財源だ。
学校の先輩に教えてもらった『チケットショップで株主優待切符を買って鈍行で旅する』というプランは、金はなく時間は有り余っている学生にはもってこいの娯楽だが、忙しい雪男に受け入れられるかだけがネックであったので。
そんな心配を余所に、現地滞在時間を延ばすために電車で眠ればいいと始発で出発したにも関わらず、雪男は景色を、志摩は雪男を見るのに忙しく、あっという間に目的地へ到着した。
降り立った地は、正十字町からほんの数時間の距離だというのに空気が違った。
避暑地として人気があると聞いてはいたが、確実に過ごしやすい気温に、ここ数日都会の真夏日に晒された身体が和らぐ。すうと澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む雪男を横目に、志摩も深く呼吸をした。
有名な社寺仏閣の点在するそこは通常は首都圏の小中学生ならば学校行事で一度は訪れたことのある土地らしいのだが、幼少は身体が弱く、またその数年後からは祓魔師の勉強で忙しかった雪男は小中とも林間学校や修学旅行には参加しなかったらしい。
駅前は観光地らしく土産物店が立ち並んでいたが、ほんの少し足を伸ばした山奥の神社はまさに聖域と呼ぶに相応しい空気だった。
何にでも興味を示す雪男とともに、京都育ちで社寺仏閣や森林に慣れている志摩でも地元とはまた違った派手な作りの建造物や、色の違う川の水に雪男と一緒になってはしゃいだ。
こんな風に丸一日を過ごすこと自体が珍しく、貴重なことだと理解っているので。
「あー、もうこんな時間やね」
名物だという湯葉蕎麦をだいぶ遅くなってしまった昼食にと選び食し、落ち着いたところで時計を覗き込めば既に16時近く。
同じく自分の腕時計を覗き込みそろそろ帰宅の時間かと残念そうな表情を作った雪男に、
「さ、時間勿体無いし、次行こか」
しかして志摩は正反対の言葉を投げかけた。
「え?」
観光地の夜は早く、周辺の社寺は16時に終了する。飲食店や土産物屋に至っては既に終了しているところすらあった。
それに帰りの移動にかかる時間を思えば、そろそろ帰宅しなければ雪男はともかく志摩は寮の門限に間に合わない。大丈夫なのだろうかと瞬く雪男を余所に、志摩は会計用のプレートを持って立ち上がる。
「もう一ヶ所、一緒に行きたいとこあんねん」
「…どこ?」
「それは着いてからのお楽しみな」
門限に間に合うのかもわからないのに。
どこに連れていかれるともわからないのに。
引き伸ばされた時間に雪男は、うん、と返していた。
「わあっ」
ゲートを潜った雪男が感嘆の声をあげる。
サン・ピエトロ大聖堂やサグラダ・ファミリア、アブシンベル神殿、万里の長城、自由の女神にホワイトハウス、東京駅まで。
そこは世界の主だった建造物のミニチュアが集まるテーマパークだった。
全てが現物の1/25スケールで作られた建造物は、それでも現物が大きいものは背の高い雪男の身長も優に越える。
広い園内の展示物をひとつひとつじっくり眺めて、ここいつか行きたいと思っていたんです、とまるで現地に来たかのように雪男は笑った。
実は目的を持って訪れた志摩は少し後ろめたい気持ちもあったが、雪男が喜んでくれたのなら素直に嬉しい。
案内係りの説明を聞きながら、リアルに写るというアングルで撮った写真をどちらがより良く撮れているかとお互い見せ合い、精巧な作りの建物に反して、偶に人間の模型の中に有名人を模したものやお菓子のキャラクターを見つけて笑いながら進む。
世界の建造物を抜けて日本の建造物のゾーンに入る。そこに志摩の目的のものはある。
厳島神社などの世界遺産からスカイツリーに東京駅、成田空港。世界の建造物と比べれば馴染みはあるものの、あまり遠出をしない二人にはどれも新鮮だった。
差し掛かった京都の建造物に、ついにきた、と志摩は手の汗を服で拭った。
京都へは祓魔師の仕事で何度か訪れたことがあると言っていた雪男だが、観光で訪れたことはないらしく、へえこれがと興味深く覗き込んでいる。
金閣寺に清水寺。
志摩にとっては珍しくもないその二つを前に、用意した台詞を一息に告げた。
「清水寺は桜の時期がな、めっちゃ綺麗やねん。家族にも紹介したいよって春の京都一緒に行こな!」
にか、と内心のドキドキを隠して笑って言う。…言ってしまった。
暗に匂わせた『実家に来て欲しい』というお願いに、さて良い返事は貰えるだろうかと覗き込んだ先。ぎゅうと眇められた碧にぎょっとした。
「せんせ?! え、嫌やったん? む、無理にとは言わんよ?!」
揺れる瞳が水気を帯びているようにすら見えて、志摩は慌てた。やっぱり男同士で付き合っていて実家はまずかったんだろうか。
如何せん雪男の涙に弱い志摩があわあわと手を振るのに、雪男が違うとぽつりと漏らした。
「…ごめんね。多分…ううん確実に、これから僕は前以上に時間が取れなくなる」
だから約束は出来ないと、実現出来ない約束はしたくないと。
ごめん、ごめんなさい。
否定するわけではないけれど、ただ謝罪の言葉を繰り返す唇に志摩は人差し指を押し当てる。
「謝らんといて。せんせが忙しくなるんは俺かて分かっとるんや。けどな、」
「…………」
「最初から諦めんといて欲しい」
約束をして、例えそれが延期になってしまったとしても。すぐには叶わないとしても。一つずつ実行していけばいい。
「…志摩くん」
「まだまだ綺麗で楽しいとこぎょうさんあるよって、また二人で出掛けよな。忙しい雪ちゃんに代わって、計画とか準備は全部俺がするし!」
それくらいしか出来ることはないけれど。
二人の立場は遠くて。それが一体どのくらいの距離なのか測ることなど出来ようもなく、想像すらもつかないけれど。
それでも、ずっと一緒に歩んで行きたいから。
些細な約束だけでなくて、二人のことは何一つ諦めたくない。諦めてほしくない。
「な? 約束」
「…うん」
ようやく笑みを浮かべた雪男に、今その笑顔を作っているのは自分なのだと、志摩は誇らく思った。
今はまだ夕方と言える時間帯で、都心では帰宅ラッシュと思われる頃合なのに、帰りの電車はガラガラだった。
観光地からの帰省客はもっと早い時間の電車に乗ってしまったのか。
乗り込んだボックス席の多い車両に今は志摩と雪男だけだ。ならいいだろうと、旅疲れに早々に眠ってしまった雪男の頭を引き寄せる。そっと、起こさないように眼鏡を奪うことに成功すると、志摩はふうと息を吐いた。
「ゆっくり休み」
肩の温もりと電車の心地良い揺れ。忍び寄る微睡みに志摩も身を委ねた。
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